2026.07.19

ESSAY

高崎のen

やるかやらないかを考えた記憶はありません。

やると決まってからは、やることしか考えていませんでした。

昔から古着屋をやりたかったわけでもありません。

特別な思い入れがあったわけでもありません。

やれる選択肢の中にそれがあって、その時ワクワクした。

それだけでした。

店を始めるには、お金が必要だということすら知りませんでした。

借りる必要があるとわかって、探した結果、一番最初に見つかった消費者金融でそのままお金を借りました。

仕入れの仕方も知りません。

店の作り方も知りません。

何が正しいのかも分かりません。

だから考えて作ることはできませんでした。

その代わり、自分たちの目に良いと思ったものだけを選んでいました。

ないものは手作りで作りました。

服も。 什器も。 景色も。

高崎で始めた理由も単純です。

群馬で生活していた自分たちにとって、高崎が一番都会でした。

最初に物件を見た時、「かっこいい」と思いました。

家賃は高いと思いました。

でも、その場所を見てしまったら、もう他を見ても満足ができませんでした。

三人のワクワクから始まった話でした。

見えているものは少しずつ違いました。

だから三人の感覚が重なる場所を、ずっと探していました。

当時は、それを自分たちなりのこだわりだと思っていました。

今振り返ると、それまで見てきたものを夢中で並べていただけだったのかもしれません。

それでも、その時の自分たちなりに、本気で良いと思う場所を作っていました。

その後、たくさんの人と出会いました。

たくさんの場所を知りました。

知識も増えました。

業界のことも少しずつ分かるようになりました。

業界に対してのプライドや見栄がなかった分、良いと思ったものにはすぐ影響されました。

自分たちの感覚は、ずっと彷徨っていた気がします。

でも、その時間は嫌いではありません。

高崎には、自分たちのお店を目的に来る人だけではなく、偶然入ってくる人もいました。

古着を見に来たわけではない人もいました。

高崎だったからこそ、自分たちでは探しに行かなかったものとも、たくさん出会いました。

人と話をして。 教えてもらった本を読んで。 音楽を聴いて。 映画を見て。

また何かに影響されました。

そういう時間が面白かった。

だから、高崎で始められて良かったと思っています。

その頃、iliも始めました。

これもenとあまり変わりません。

ふとした出会いがあって、またワクワクした。

だから始めました。

始めると決めたら、それがまたゴールになりました。

ただ、その頃の自分たちは、まだ追いついていませんでした。

可能性は感じていました。

でも、その可能性を形にできるほど、自分たちはまだ育っていませんでした。

だからiliは、ずっと途中の場所でした。

一方で、enも少しずつ変わっていきました。

オンラインで販売できるようになりました。

考えられることも増えました。

できることは確実に増えていました。

それは、本当に必要な時間でした。

でも、その頃から少しずつ、自分たちの見え方も変わっていました。

始めた頃は、理屈ではなく目で選んでいました。

少しずつ、考えて選ぶことが増えていきました。

でも、ある時ふと、自分たちの感覚が少し曇っているような気がしました。

ゆっくり変わっていったので、その時は気付きませんでした。

今思えば、そうだったんだと思います。

あの頃の自分たちは、知っていること自体がほとんどないなりに、その中で妥協しない場所を作りたかったんだと思います。

でも、気付けば、その場所を続けることに意識が向く時間も増えていました。

自分たちが作りたかったものは、少しずつenという形には収まりきらなくなっていました。

だから、enを終えることにしました。

やめると決めた時も、始めた時と同じでした。

やめると決めたら、やめることがゴールになりました。

一週間前も。 三日前も。

特に何も思いませんでした。

最後の日も、たくさんの方が挨拶に来てくださいました。

ありがたいと思いながらも、まだ実感はありませんでした。

皆さんが帰って、片付けをして、空っぽになった店を見ていました。

その時、それぞれの時代のenの香りが、一度に重なって流れてきました。

頭が追いつかないくらい、いろいろな記憶がまとめてやってきました。

あれが寂しいという感情だったのかもしれません。

全部なくなってしまうような感覚でした。

もちろん、本当は何もなくなっていません。

それでも、自分たちが無意識のうちに注いできた時間や感情だけが、一緒に消えてしまうような気がしました。

片付けが終わる頃には、不思議と少しだけ軽くなっていました。

何かが終わったというより、一度ほどけたような感覚でした。

iliはまだ途中でした。

でも、その場所がありました。

今のiliには、enがあります。

部屋のことではありません。

あの場所で彷徨った時間も。 そこで覚えたことも。 遠回りしたことも。 全部、そのまま残っています。

始めた頃の自分たちとは、少し違います。

でも、最初にワクワクした感覚だけは、あの頃からあまり変わっていません。

高崎へ行っても、まだ懐かしいとは思いません。

歩きすぎた景色だからなのか。 時間がまだ足りないのか。

あの頃と何も変わらない感覚があります。

もう少し時間が経ったら、違う景色に見えるのかもしれません。

それはまだ分かりません。