昔のSNSを見返すことがある。
もう更新されなくなったブログや、誰かが残したページを開くこともある。
画面を開くと、ただ昔の出来事を思い出すだけではない。
あの頃の空気が戻ってくる。
携帯電話の画面の明るさ。 夕方の匂い。 学校から帰る時間。 友達との距離感。 世界の広さ。
記憶ではなく、その時代そのものが一瞬だけ目の前に現れるような感覚がある。
そして、それはすぐに消える。
「ああ、もう戻れないんだ。」
その瞬間、懐かしさと一緒に少しだけ寂しさがやってくる。
でも不思議なのは、そのあとだ。
昔を思い出しているはずなのに、急に今この時間まで懐かしく感じることがある。
今こうして過ごしている時間も、未来から見れば必ず「あの頃」になる。
この部屋も、この街も、この季節も、この人との関係も。
何気なく過ぎている今日が、少しずつ「戻れない日」へ変わっていく。
そのことに気付くと、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
寂しいというほどではない。
怖いというほどでもない。
でも、軽い動悸のような、そわそわした感覚がある。
昔が恋しいのではなく、「今も失われ始めている」と知ってしまうからなのかもしれない。
時間は未来へ進むものだと思っている。
けれど、本当は過去が増え続けているだけなのかもしれない。
未来へ向かうたびに、自分が帰れる場所は一つずつ減っていく。
昔の友達。
よく歩いた帰り道。
更新されなくなったSNS。
今なら、まだ少しだけ繋がれるかもしれない。
でも、その「まだ」がいつかなくなる。
だから懐かしさは、過去への感情だけではない。
今この瞬間にも向けられている感情なのだと思う。
私たちは未来を生きながら、同時に少しずつ思い出になっている。
だから、ときどき理由もなく胸がざわつく。
それは今を失い始めていることを、自分のどこかが知っているからなのかもしれない。