2026.07.26

ESSAY

今日が遠くなる速度

昔のSNSを見返すことがある。

もう更新されなくなったブログや、誰かが残したページを開くこともある。

画面を開くと、ただ昔の出来事を思い出すだけではない。

あの頃の空気が戻ってくる。

携帯電話の画面の明るさ。 夕方の匂い。 学校から帰る時間。 友達との距離感。 世界の広さ。

記憶ではなく、その時代そのものが一瞬だけ目の前に現れるような感覚がある。

そして、それはすぐに消える。

「ああ、もう戻れないんだ。」

その瞬間、懐かしさと一緒に少しだけ寂しさがやってくる。

でも不思議なのは、そのあとだ。

昔を思い出しているはずなのに、急に今この時間まで懐かしく感じることがある。

今こうして過ごしている時間も、未来から見れば必ず「あの頃」になる。

この部屋も、この街も、この季節も、この人との関係も。

何気なく過ぎている今日が、少しずつ「戻れない日」へ変わっていく。

そのことに気付くと、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。

寂しいというほどではない。

怖いというほどでもない。

でも、軽い動悸のような、そわそわした感覚がある。

昔が恋しいのではなく、「今も失われ始めている」と知ってしまうからなのかもしれない。

時間は未来へ進むものだと思っている。

けれど、本当は過去が増え続けているだけなのかもしれない。

未来へ向かうたびに、自分が帰れる場所は一つずつ減っていく。

昔の友達。

よく歩いた帰り道。

更新されなくなったSNS。

今なら、まだ少しだけ繋がれるかもしれない。

でも、その「まだ」がいつかなくなる。

だから懐かしさは、過去への感情だけではない。

今この瞬間にも向けられている感情なのだと思う。

私たちは未来を生きながら、同時に少しずつ思い出になっている。

だから、ときどき理由もなく胸がざわつく。

それは今を失い始めていることを、自分のどこかが知っているからなのかもしれない。