2026.06.04

NOTES

アンテ・メリディエムのことを知った時の話

納得したことがあって、

もともと自分は、それのことを何となく朝だと思ってた。でも朝という言葉を聞いて嫌な気持ちにはならない。そこにずっと矛盾があったんだけど、アンテ・メリディエムを聞いてからいろいろと込み上げてきた。

アンテのことは昔から嫌いだったわけではない。自らの生活を自らで決められるようになった頃から、その存在がなんだか明確になり、居心地の悪さを感じるようになった。

元々はベッドが好きだから朝が嫌いなんだと思っていたことは、まあある。

が、そこから一度離れてみればちゃんと朝にもワクワクできた。

いまアンテのことが嫌いなのは、こうあるべきだという脅迫をしてくる感じがあるからだ。

アンテ自身が悪いわけではない。アンテにまつわる世の中のイメージ、ないしはその中で生きている自分の固定観念が、そうあるべきという脅迫的観念を勝手に作り、憎しみを増加させている。

それが毎日繰り返されるわけだから、そりゃもう無意識に嫌いになるわけで。

嫌いがあるから好きもあって、

だからポスト・メリディエムに対しては自然な逆説的な好感が無意識の中から芽生えてる。

ポストは昔の自分でいうベッドっちゃベッドなんだけど、ベッドは好きで、逆にそれが好きだから朝が無意識的に嫌いだったわけで、

いまはアンテが嫌いだから、無意識にポストが好きになってる。

そうやって考えると、

好きなものがあるから嫌いなものがあるのと、

嫌いなものがあるから好きなものがあるって二通りがあって、いまは後者の状態。

結局意味としては同じだし、もう無意識下の話なんだけど、

今のところ幸せなのは前者かなあと思ってて、

というふうに考えたら、

今の自分があるべき姿はアンテのことを見るよりは、ポストのことをよくよく見て、自分が好意を寄せていることを考えることに気合を入れることだ。

ワクワクしてきた。